不安の正体

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時々、不安に襲われる事がある。生活もできている、来月も大丈夫、大変ではあるけど仕事もある、貯金もしばらく分ある、仕事のスキルもあるのでたぶん転職でさえできる、困っていることは特にない。それなのにどうしようもない「不安」を感じることがたまにある。その不安の正体について、一応の帰結を得たのでメモとして残しておく。

 

出典:バーテンダー

誰かの不幸をじっと見つめてあげること。

バーテンダーが不幸な時はね…独りで耐えるんだよ。

それが出来ないならバーテンダーなんてやめちまいな。

 

10年ほど前に読んで心の中心に近い所に据え置いていた言葉。

長らく自分を縛ってしまっていた可能性がある。


当職の仕事は、寺小屋経営&講師、ウェブセキュリティ、インフラセキュリティ、IT専門の探偵業など決して表に出ない仕事。

そして、そのどれも

明確な成功がなく、結果がすぐには目に見えて分からない

という「達成感」と「やりがい」がほとんどない業務である。

営業や開発ならばある程度目標があって、それを達成したら飲み会なんかもできるが、運用や常時保守、セキュリティなんかはそういう区切りという区切りがない。

終わりがない仕事という意味では、収入も安定するのだが、やっていて時々こういう気持ちに襲われる。

この仕事に意味はあるのか

誰のためにやってるんだ

誰も認めてくれない

誰も褒めてくれない

苦しさを愚痴っても理解されない

業務そのものがひどくつまらない

自分がやらなくてもいいか

なくなっても困らないんじゃないか

一度この感情が出てきても蓋をすればしばらくは持つ。しかも、この感情だけでは不安はやってこない。「なんか嫌な立ち回りだなぁ」くらいの気持ちなので力技で乗り切ることはできる。

 

周りと比べても意味はない上に、重要な仕事であることも分かっている。

代わりがほとんどなく、責任もあれば、希少性が高い仕事だというのも分かる。

権限を得るだけでもなかなかなことだというのも分かる。


ただ結果が目に見える仕事をしている人を見かけるとどうしても憧れと羨ましいという気持ちがでてきてしまう。

そのため、個人的に結果が見える仕事もしてはいるが、どうにも欲深いのかそれだけでは足りないようだ。

表舞台に立ってヒーローになりたいと思うし、もっとコンプライアンスを無視して名を上げていきたいとも思う。

 

それでもこの縁の下の仕事、日陰の仕事の方が向いているためか、このセキュリティや裏舞台の仕事で落ち着いている。

そして、不安になる。

 

所属と立場上、仕事をやめても何も残らない。

死んだとしても、名声は何も残らない。

 

贅沢な悩みなんだろう。物欲、名誉欲、知識欲のうち、セキュリティの仕事にはどうやら名誉欲が足りていないようで、承認欲求なんかに近い所を満たせていない。

教師という仕事も同じで、生徒の悩みを聞き、道を示し、先に進ませてあげて、自分は踏み台になる。

 

出典:バーテンダー

誰かの不幸をじっと見つめてあげること。

バーテンダーが不幸な時はね…独りで耐えるんだよ。

それが出来ないならバーテンダーなんてやめちまいな。

 

不幸ではないので、この言葉を書き換えるとこうなる。

 

誰かの孤独にじっと寄り添ってあげること。

セキュリティが孤独な時はね…独りで耐えるんだよ。

それが出来ないならセキュリティなんてやめちまいな。

 

実際問題、この言葉は「他人の不幸」や「苦痛」に寄り添う時のバーテンダーの立ち位置を表現したものでしかないのに。

問題がすり替わっても、用語を勝手に入れ替えて認識してしまっていた。

承認欲求や名誉欲は他者との関わりがある程度あればなんとでもできるものだ、というのは知っている。セキュリティ業務はなかなかに孤独で、教師という仕事も孤独だ。

この孤独を「独りで耐えられないなら、やめてしまえ」という言葉を勝手に作って、そこに縛られていた。

 

全く別の問題だ。

 

よく考えたら、当方は他者に寄り添うことはあっても、自分が辛いときや、なんとなく孤独な時に、気軽に頼れる人がいない。頼られることが99%、いや、100%に近い状態になっている。

おそらく、不安の正体はこれだ。

理解者がいない。頼れる人がいない。

 

探偵業もセキュリティも教育業も代理がいない。これは個人事業やフリーランスの弱みだろう。

会社なら一緒に帰宅前にバカ飲みできる仲間や先輩、後輩もいただろうが、それがない。

孤独が好きだし、一人が気楽でよいのだが、理解者までいらないというわけではなかった。

 

高校時代の国語の先生に言われて覚えている言葉がある。これが今ぐっさりささっているし、先生もきっと孤独に苦しんでいたんだろう。

人は、人との関わりだ。

大切なのは、人との関わりだ。

この言葉、授業などあんまり聞いてなかったのだが、この言葉はなぜか残っている。おそらく、先生の本心からの叫びでもあったのだろう。

 

簡単にまとめると

時々説明できない不安に襲われていた

孤独と頼れる者のいなさに怯えていた

人との関わりがなさすぎて、自分を認知できなくなった

ということからくる不安だったと思われる。

 

お金に困ってない、生活も出来ている、仕事もある。社会的責任も果たしている、悪いことはしていない、なのになぜか不安。

この根本原因は「他者との関わり」がなさすぎたためだろう。

マンガ「バーテンダー」という言葉の重さがのしかかる作品の、言葉による束縛と誤変換もあった。

 

ただそれだけのことだ。

 

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