映画「ちいかわ 人魚の島のひみつ」を見た感想・レビュー

映画「ちいかわ 人魚の島のひみつ」を見た感想・レビューを一部ネタバレを含む形でまとめています。感動した所、感じ取れたメッセージ、自分に響いた所のほか、思ったことをそのまま書き出しています。ユーネクスト(U-NEXT)やAmazonプライムなどで視聴できるようになるでしょう。参考までにどうぞ。ぜひ自分の目で作品を感じて下さい。
おおまかな要約・全体像
簡単にまとめると、
- いつものように「とうばつ」に行ったら
- 依頼者とターゲット「セイレーン」の両方の事情を知ってしまい
- 話し合いで解決はできず、ターゲットと戦闘になり
- ほぼ全員捕まる危機的状況に陥るも島二郎の助けで難を逃れ
- みんなで協力して一旦ターゲット「セイレーン」を退けることに成功
- 依頼者の目的事態は達成された。が…
メインキャラクターが経験したストーリーは主にこんな感じの流れで、ほぼすべての苦労と全体的な事情を知っているのは「ちいかわ」のみと考えて良いでしょう。
セイレーンの事情
セイレーンと人魚3匹は、伝説の生き物と言われる部類に入り、怪物と言っても差し支えないタイプの存在だったが、島においてはセイレーンの歌声の「植物等の成長促進」効果で、島の民は一応恩恵を受けていた側で、セイレーンは恩恵を与えていた存在。
身体の小さな島の民にとって巨大なセイレーンは、たくさんおいしいごはんをあげれば自分たちが食べられてしまうわけではないので、セイレーンにお供え物をして、島の住民は作物がたくさん取れる恩恵を受け、ギリギリ、WIN-WIN?の関係で暮らしていた様子。日本の神様への生贄の感覚に近い所があるかなと思います。
ある時から3匹いたはずの人魚のうち1匹がいなくなってしまい、人魚1匹奪った「犯人」を探すために、身体の小さな島の民を襲って復讐をしつつ、人魚を食べた者にのみお尻にできる「何か」をチェックして、恨みを晴らそうとしています。
ヒトハとフタバの事情
島民のうち頭に一枚の葉っぱが生えているのが「ヒトハ」、2枚の葉っぱが生えているのが「フタバ」です。この2人が近海で釣りをしていた時、セイレーンと人魚の海での遊び・戯れに巻き込まれて一方(確かフタバが死にかける)が死にかけます。(ほぼ瀕死)
ヒトハは、人魚の肉で「永遠のいのち」を得られるといううわさに賭け、かつ、フタバの瀕死の復讐を果たすために、ある意味合理的な理由で人魚を1匹仕留めて「赤魚の煮付」にして、フタバに食べさせます。
命を得たフタバは人魚を食べたことにより復活するが「永遠のいのち」を得たことによる孤独に恐怖し、ヒトハにも人魚の肉「赤魚の煮付」を食べさせます。これで、2人は運命共同体となり、このことは2人だけの秘密となります。
人魚の肉を食べると、お尻に「単三電池」を入れるフタが生まれます。電池を抜くと倒れ、電池を入れると生きているかのように動く、これが「永遠のいのちを得られる」という「ウワサ」の真相です。
映画の冒頭、ちいかわが島について船酔いで気持ち悪くなっている時、ハチワレが「タンサン」をこの2人に求めた時、2人が戸惑ったような様子を見せたのは、2人にこの事情があったからで、「炭酸」と「単3」の言葉のかぶりがあったためです。
島の民の事情
島二郎の俯瞰目線があったおかげで、全体像が明らかになっています。
島でなんか楽しく平和に暮らしていたら、ある時急にセイレーンと人魚がやってきて、自分たちが食べられるのは嫌だから食べ物を供えたら、おいしくて満足してくれたようなので、お供え物をするようになります。
セイレーンは気分が良ければ島の住民を襲わず、歌を歌うと植物がよく育つので島の作物もよく育ち、恩恵は受けていたのですが、ある時からセイレーンが島の住民を襲うようになりパニックに陥ります。
よく懐く島二郎の鳥を頼って、偽物のとうばつ依頼書をあちこちに配り、島を助けてもらえるように人々を島に招くようになります。作中でセイレーンが「観光客か…」と語った様子をみると、ちいかわたちが最初ではない様子も想像できます。
当然、島に招いた人たちは恐れおののいて帰ってしまうので、幸運なことに残ったちいかわやラッコたちを頼ることとします。
ちいかわ目線で起きたこと
うさぎがいきなり「ちょっと怪しい討伐依頼書」を持ってきて、ハチワレもうさぎもなんか乗り気になっちゃったのでしょうがなくあんまり得意ではない「討伐」に行くことに決定。ラッコ先生も行くとなって案外安心できて、バカンス感覚で「草むしり検定5級」のお勉強もするという意気込みでバカンス討伐旅行に出発。
船旅を楽しみ、船酔いを経験し、炭酸ジュースを飲んで安心し、無事に宿に着き、島の友達(フタバ・ヒトハ)もできて、楽しい初日の夜を過ごす。モモンガのせいで立て看板が倒れたせいで、うさぎとに流されるがまま洞窟に入っていくことになり、終着地点で巨大なセイレーンと人魚に遭遇し、恐怖おののき、必至に逃げるもセイレーンたちに捕まってしまったが、食べられることはなく、セイレーンたちの事情を把握。無関係なやつには優しい様子(興味がないだけ)を見せるセイレーンの存在を知る。
島での暮らし2日目の朝、討伐の事情を説明され、ハチワレとちいかわは事情を共有しようとするも物事の進展が早く、解決策を練れないままセイレーンの強襲に遭ってしまい、ここでようやくラッコ先生に事情を話すことになる。ラッコ先生はセイレーンに捕まってちいかわは絶望の表情をにじませます。
が、タイミングが悪く、セイレーン=悪、村の住人の中に人魚を食べたやつがいるが誰だか分からない…という歪で複雑な構図、さらに猛攻を仕掛けてくるセイレーン、状況証拠的には村の住人の味方をしている観光客がいるという現場ができあがってしまう。あんまり好きじゃないモモンガもいつも通り暴走していてちいかわの不快感やストレスはMAXに近い状態になります。
そのままセイレーンの歌の力から逃げまくる場面に切り替わり、ヒトハ、フタバ、ハチワレ、うさぎも捕まり、セイレーンのきまぐれ(甘いキャンディを与えたので気分で情状酌量された?)ちいかわだけ放っておかれて、ちいかわはほぼ全てを失うことになります。
島をさまよいながら運良く島二郎の営む「貝汁」とカレーのお店にたどり着き、島二郎の助けを得ることに成功。島二郎が、この島の事情をある程度把握していて、かつ、フタバやヒトハも無事で再会でき、仲間の救出に向かうこともできて、一応救出にも成功。島二郎はちいかわにとってはまだ未知の存在で「貝を取りに湖の中に戻る」という言葉をそのまま受け取りつつ、信じてその場を託し、島の住人の村に戻ります。
ここまでの活躍は、アニメのちいかわを見ていればかなりの成長を感じられます。最初は小さい虫にさえビビっていたちいかわが、キメラ、魔女、パジャマパーティーズの事件、山姥などの件を乗り越えてしっかり強くなった後の「島編」なコトを考えれば、割と奮闘している方でしょう。
他人をよく見ているちいかわの決断・行動
セイレーンの主な攻撃は「歌による環境操作」なので、それを封じればなんとかなる可能性があるのでは、ということで激辛カレー大作戦が開始されます。
カレーのルーと辛いものを集めている最中に、フタバとヒトハの家に入ったちいかわは「伝説の生き物図鑑」があることに気づき、人魚の肉が「永遠のいのち」と同等の価値を持つという情報をフタバとヒトハが知っていることを理解します。最初にセイレーンに襲撃にあった時に、ラッコ先生に押し込まれた時の部屋がフタバとヒトハの部屋で、ここで偶然図鑑を見つけていますが、この時はフタバとヒトハの部屋であることをちいかわは知りません。
フタバとヒトハの部屋でカレーのルーや辛いものを探してもらっている時、人魚のうろこが落ちるのを発見し、フタバとヒトハが人魚の失踪を関わりが深いことをおおよそ理解します。ただし、自分たちを助けるためにがんばってくれたり、一緒に逃げたりしている様子を見ているので、人魚を食べたかもしれない2人が自分を食べるかもしれない(真相がバレたとしれたら殺されるかも)とは考えが巡らないまでも、知らなかったふりをした方がよい(関係者となることを避けて自分を守る行動)という直感からか、人魚のうろこをポシェットに隠します。
激辛カレー大作戦成功後、ちいかわはフタバとヒトハによるお尻の電池交換を見てしまいます。ちいかわのIQというか、考え方を想像すると「フタバとヒトハには何か事情があるんだ」くらいにしか映らないでしょう。
現時点で「永遠のいのち」の真実が「電池交換でいくらでも生きられる状態」に直結するのは視聴者だけなので、ちいかわ的には、フタバとヒトハは人魚の事件に関与はありそうだが、フタバとヒトハにも何か事情があり、少なくとも悪ではなく、何か頑張ろうとしているんだと捉えるのではないかと思います。
キャンプファイヤーの宴会中、ちいかわは人魚のうろこのことについて、フタバとヒトハに聞こうとしていましたが、歌って楽しむ群衆の中で、歌わずにいるフタバとヒトハの側に行き、互いに手を握って震えている様子を見てしまいます。無言の時間、この長い「間」でフタバとヒトハは「バレた」ことを察しているでしょうが、ちいかわ的にはおそらくよく分かっていないので、うろこを返そうかどうか迷っているくらいだと考えられます。周囲が喜び歌い踊っている中で、完全に浮いている2人、そんな状態で人魚の鱗なんか出したらマズいということくらいは、ちいかわも想像したでしょう。島に行くことも躊躇していて、普段から問題を起こしたくないちいかわなら、現状維持、問題回避の行動を選択するはずで、この時点での「人魚の鱗の返却」は問題を蒸し返すことになるので、ちいかわはぐっとこらえたと考えられます。
フタバとヒトハのその後
おそらくセイレーンに捕まっていると思いますが「永遠のいのち」を得た彼らは、深海に沈められても死なないわけです。永遠という時間の中では、小さな金属の檻などすぐに壊れますので、フタバとヒトハは何度も逃亡して、何度も捕まってという生き方を繰り返すでしょう。フタバとヒトハはセイレーンの攻撃で即死しないんです。
電池が切れたらそこで行動不能・一時停止ですが、セイレーンは復讐を望んでいるので、電池を入れ替えるはずです。フタバとヒトハに苦痛を与えたくて檻に閉じ込めるので、電池交換は定期的に行われるでしょう。
セイレーンは自分の強さに酔っているので、獲物を目の前にしていてもトドメは刺さずに味付けしたり、逃げようともがく様子を眺めていたりします。フタバとヒトハには何度も逃げ出すチャンスがあり、電池が切れても交換すればよく、捕まったとしてもセイレーンの復讐心で電池を交換されてしまうと想像できるため、長いイタチごっこが始まるでしょう。それでも、一度は人魚を狩っているので、「永遠」という長い時間の中で人魚を1匹、2匹と討伐していき、セイレーンに攻撃できるくらいには強く育っていくはずで、いずれはセイレーンを討伐できる日が来るかもしれません。
逃亡生活をしながら、セイレーンを倒せる存在を味方につけたり、強くなったちいかわやハチワレに再会すれば運命が切り開けるかもしれません。パラレルワールドに突入するくらいの事象も起こる世界なので、セイレーンは比較的話の通じる、討伐もできそうな存在かなと感じました。
もしくは、電池がない行動不能状態の意識がないままコレクションにされて永久保存され、忘れ去られるか…。
安定のくりまんじゅうに癒される
くりまんじゅう(推し)は、ショートアニメでも「如何においしく酒とおつまみを食べるか」に命をかけているので、本作でもその様子を貫き通します。おいしい料理を作れるようになりたいシーサーとの相性は抜群です。
本作でもくりまんじゅうは酒呑みのおじさんです。
子ども向けとは思えない濃厚で重たいお話
世界には理不尽で強大で厄介な存在があって、理不尽な中でも生き残らないといけないという厳しさがそのまま描かれています。
ちいかわ世界では、仲間は非常に重要な存在で、ちいかわ・ハチワレ・うさぎ、フタバとヒトハ、誰かとの関わりを求めるモモンガなど、他者とともに生きることの重要性にも触れられています。すべて失って孤独になったちいかわが苦手だった「郎」に似たお店に1人で入れたのも、仲間を助けたいがためでした。
うわさでしかない「永遠のいのち」、そして、「永遠のいのち」の定義や解釈の曖昧さが浮き彫りになっていて、何を持って永遠とするか、いのちって何?というあいまいに捉えている不安定な物事・事象と向き合わざるを得ない展開が強く出ていました。本作では「いのち=死ぬもの」となっていて「死ぬもの=消失するもの」かと想像できます。そのため、電池交換で何度でも行動を再開するセイレーンの地面をも砕く一撃でも全壊しない身体(筐体)があれば、実質「永遠のいのち」が成立してしまうわけです。「電池」の定義についても再考が必要で、充電されていないといけないのか、被ダメージが電池の充電消耗で相殺されるのか、電池切れ状態で破壊されてしまっては「永遠」ではなくなるので破壊はされないはずで…。
U-NEXT(ユーネクスト)などで配信されたら、もう1度、2度繰り返し見て色々思い返したい作品だなと思いました。











