映画「カールじいさんの空飛ぶ家」を見た感想・レビュー【ディズニー・ピクサー】

映画「カールじいさんの空飛ぶ家」を見た感想・レビューを一部ネタバレを含む形でまとめています。感動した所、感じ取れたメッセージ、自分にとって響いた所のほか、思ったことをそのまま書き出しています。基本的にディズニープラス、または、ユーネクスト(U-NEXT)で視聴できる作品です。参考までにどうぞ。ぜひ自分の目で作品を感じて下さい。
約束と思い出を守ろうとしただけのおじいさんのお話
カールとエリー夫婦が幸せな暮らしを送り、エリーに先立たれて、残されたカールじいさんが土地開発に巻き込まれるという展開から始まります。土地開発の工事業者との悪い出会いに対して、少年ラッセルの訪問は良い出会いとして対照的に映し出されており、どちらの出会いもカールじいさんにとっては新しいチャレンジのきっかけになります。
大雑把に話をまとめると、風船で空を飛ぶ旅に出て、少年と一緒に(勝手に家の中にいた)さまざまな苦難を乗り越えつつ、ダグという犬に出会って仲間になり、夢であった冒険をして、余生を過ごすことになるというお話です。(少年はカールじいさんを、フレドリクセンさん(ヘンドリクセン?)と呼んでいる気がする。)
予告編などではカールじいさんが偏屈で悪い老害みたいに見せるシーンもあるようですが、実際はカールじいさんはどちらかといえば被害者で、工事業者の方が悪質な感じがします。カールじいさんは最低限話が通じるおじいさんなので、ガチの老害に比べるとだいぶマシで、その年でチャレンジする精神を持っているという点では、冒険家としてかなり素質のある人物でしょう。
ちょっと強引だった土地買収・土地開発
工事業者はカールじいさんの立ち退きをお願いする立場でしたが、ポストだったか、看板だったかを工事業者が壊していたと記憶しています。他人の家のものを壊すようなことをする業者で、カールじいさんは自身の手足として使っている杖で業者の人間を叩きますが、これはおじいさんやおばあさんにはよくある行動です。杖が自分の体の一部のようになっていると、何をするにも杖を使うようになります。
家の一部を壊されても責任を負わない業者、うるさく工事のための立ち退きを要求する業者、杖でちょっと叩かれて過剰に反応した業者の存在は完全に悪者で、この時点で被害者はカールじいさんだと分かります。
時代の流れ…と早々に諦めて、色々お金も土地も用意してもらって引っ越しをしてしまっても良かった気もしますが、カールじいさんの頑固さというか、決意というか、その気持ちが強くあったから夢を追う旅にも出れたと考えられます。
大切な家を守ろうとしただけのおじいさん
旅に出てからも、風船で家を飛ばしているため、家から出ることはなく、家から出ることもできないまま旅をしていきます。風に流されるがままに旅をしていって、奇跡的に夢だった伝説のパラダイスフォールの近くまでたどり着けます。(岩山の上でしたが?)
工事業者を相手に家を守ろうとし、妻との思い出や約束を守ろうとしただけのカールじいさん。最終的にはいろんなものを失いますが、大切な思い出や新しい仲間や家族とも言えるような存在を手に入れます。
カールじいさんはラッセルやダグ、巨大な鳥ケビンを守るために自身の家を犠牲にし、憧れの存在だった冒険家とも対立し、失った家の代わりに探検家マンツの船とたくさんの仲間を手に入れました。家は新しい移動式の飛行船になり、失った家はパラダイスフォールの岩山の上に着地し、エリーの夢も叶えられているような形でハッピーエンドを迎えました。
少年ラッセルと果たせなかった夢を叶える旅へ
カールじいさんは最愛の妻エリーはいましたが、子どもはできませんでした。それでも幸せな日々を送っており、人生は円満そのもの。そんなカールじいさんには、子どものような、孫のような子どもと接する機会がほとんどなく、少年ラッセルはカールじいさんに足りなかった存在になってくれています。
また、たくさんのわんこ、ダグとの出会いで寂しさは埋められていき、冒険をするという夢も実現できた事になります。かなり大きな事件に巻き込まれたカールじいさんですが、実際は夢を叶えて、エリーという大切な思い出は「夢」としてパラダイスフォールに置いてきて、現実を生きられるようになりました。エリーとの過去に縛られていたとも言えますが、その思い出と決別する必要はなく新しいカールじいさんの人生の始まりに欠かせない大きな変化を映画で描いたようなストーリーでした。
よく喋る犬「ダグ」誕生までの物語とも言える
スピンオフ作品に「ダグの日常」や「カールじいさんのデート」という作品がDisney+に配信されています。
よく喋る犬のダグが活躍する(?)というよりも、カールじいさんを介護するような感じでカールじいさんとダグの暮らしが始まるまでの前日譚が本編映画のようにも思えます。
1人の老人の人生最後の旅、いくつになっても変化は必要であること、チャレンジするのに遅すぎることはないということなど、さまざまな学びを得られる作品になっています。















