【安全】脱脂加工大豆とは? ~安全性への認識と安さの理由~【学術論文】
スーパーマーケットやドラッグストアで購入できる安いお醤油の原材料名に書かれている脱脂加工大豆は体に良くないと言われることが多く、私自身も脱脂加工大豆を使っている醤油は買いません。ただし、本当に脱脂加工大豆が危険なわけではありませんので、山梨大学工学部生命工学科で発酵生産を学んだ私が詳細をここに記します。
醤油の作り方
基本的な醤油の作り方をまとめておきます。ここでは脱脂加工大豆ではなく、大豆から醤油を作る手順を掲載します。
- 大豆を洗って水につける
- 炒った小麦を粉砕する
- 小麦と種麹を混ぜる
- 大豆と種麹を混ぜる
- 混ぜつつ約48時間発酵
- 醤油麹と塩を混ぜる
- 発酵した大豆と塩を混ぜて仕込み
- 月1くらいで撹拌
- 3ヶ月から12ヶ月熟成
- 茶色くなったものをこして絞る
- 絞った茶色の液体を加熱
- 冷暗所で置いて上澄みを取り出す
- 取れた上澄みがお醤油!
他にも蔵独特の醤油の作り方があり、熟成期間、使用する大豆ごとの前処理の違い、麹の違いで味と品質がかなり変化します。熟成中の温度管理や撹拌などコンタミのリスクを下げないといけない場合も多いのでちゃんと作れるようになるまでにはコツがいります。
醤油の作り方(非常に分かりやすく素晴らしい解説があるサイト)
参照:https://ws-plan.com/kokurui/syoyu.html
大豆の成分
大豆の主な成分は以下のとおりです。大豆の品種によって多少差がありますが、だいたいどの大豆でも脂質は20%ほど含まれていると考えて良いでしょう。脱脂加工大豆ではこの20%の脂質を先に工業的に除去することで、作業手順と発酵、熟成期間を減らす目的があります。
- タンパク質35%
- 脂質19%
- 食物繊維17%
- 水分13%
- 糖質11%
- その他5%
大塚製薬
参照:https://www.otsuka.co.jp/nutraceutical/about/soylution/encyclopedia/composition.html
脱脂加工大豆の製法
操作1 ヘキサンで脱脂する
ヘキサン(Hexane)は、モル質量86.18 g/mol、沸点69 ℃ (342 K)、発火点233.9 ℃、水への溶解度0.0013 g/100 mL (20℃)、CAS番号110-54-3の物質です。ヘキサンは油脂を除去する目的で食品加工に用いられますが、ガソリンなどにも多く含まれている物質だというのが独り歩きして、危険だ!という認識になっているようです。このヘキサンは食品から完全除去されるようにしないと、食品加工に使用してはいけないことになっています。
ヘキサンの沸点が69度なため、100度や120度という高温環境下で、換気もするようなコーヒーの焙煎をするような環境で使用する(実際はもっとスマートな除去)と、ヘキサンは確実に除去できます。自然発火するにも温度は足りず、きちんとした環境で利用すれば基本的にヘキサンは除去可能です。乾燥大豆を作る段階でヘキサンを残すほうが難しいです。
個人的に心配なのは、このヘキサンを何度も再利用するという現場があるという点で、油脂が溶け込んだヘキサンを処理して、純粋なヘキサンだけ取り出す蒸留などの操作のほうが環境に良くない気はします。少なくともヘキサンの蒸留過程が、消費者の健康を害することとは関係ありませんので、ヘキサンに関しては心配いらないでしょう。
※完全に除去というのは科学的には断言できませんが、99.9999999%という割合で除去できるので、そのわずか0.0000000001%が残留しては嫌だという方は、引き続き私のように脱脂加工大豆ではない醤油を使用されると良いと思います。
2019年7月時点で、私は脱脂加工大豆の醤油を使っています。この記事を書いた2018年4月より色々なお醤油を試して使いましたが、最も美味しくてコスパが良かったのは脱脂加工大豆が原料のお醤油でした。原料、大豆のお醤油も持っていますが、特別な時、お刺身を食べる時などに使い分けるようになりました。
Hexane
参照:https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/hexane
操作2 水酸化ナトリウムで中和
どこぞの記事で水酸化ナトリウムを脱脂加工大豆の製造途中で使われていて危険だ、という誤解を招く書き方がありましたが、水酸化ナトリウムも食品製造の過程で脱脂作用があり、条件付きで一部使用しても良いことになっていますが、化学的に中和しきって完全除去していないといけないため、こちらもほぼ気にする必要がないです。
水酸化ナトリウムは、脱脂加工大豆を使用している醤油の測定のために使用されることはあります。25%ほどの濃度の水酸化ナトリウムをしょうゆ内に含まれている成分や品質チェックのために使用する過程がありますが、それは測定であって消費者がその測定試薬入りのしょうゆに触れることはないでしょう。出典については記事最下部と、Wikipediaで十分でしたのでご確認ください。水酸化ナトリウムを脱脂加工大豆を作る過程で危険な濃度で使用する事はほぼないと思ってください。
水酸化ナトリウムが入っているとヘキサンを除去する時の邪魔にもなるので、私だったら水酸化ナトリウムに頼る必要はないかなと思います。多少脱脂率が落ちても製造工程が増えるよりは発行に時間をかけたほうが断然コストカットできていいと思います。水酸化ナトリウムは製品に入るのではなく、品質測定には使用されますので、誤解しないように。
水酸化ナトリウム(Wikipedia)
操作3 次亜塩素酸ナトリウムで殺菌
次亜塩素酸ナトリウムの耐用上限量はWHOでは、0.03mg/kg(体重60kgで1.8mgまで)とされており、ヨーロッパでは使用しないように禁止されています。しょうゆの製造工程において、次亜塩素酸ナトリウムが使用されるのは主に製造器具の洗浄、消毒の段階での使用がまっさきに思い浮かびますが、次亜塩素酸ナトリウムを特定濃度で醤油に入れているというのは発酵停止の目的以外ではあまり聞きません。
次亜塩素酸ナトリウムには漂白作用もあり、醤油に入れようものなら醤油に色は少しどころでなく薄くなるでしょう。どこぞの記事で次亜塩素酸ナトリウムが添加されているという記載がありましたが、これもその記事では言い過ぎで人体に無害な濃度の次亜塩素酸ナトリウムが使用されている可能性があると考えるくらいにしましょう。
次亜塩素酸ナトリウムは、ノロウイルスを殺すほどの力があり、主に器具を殺菌するのにむしろ使っていないと怖いくらいのものです。しっかり蒸留水で洗浄して(あなたの想像する以上にかなりがっつり)乾燥させてから製造に使用するので心配することはほぼないです。
市販されている洗浄用の次亜塩素酸ナトリウムと、食品関係で使用する次亜塩素酸ナトリウムはまた混ざっているものが使う濃度がかなり違うので、これもまた心配するに及びません。もし高濃度で入っていれば、大豆食品を作っている職人さんはとっくにみんな死んじゃいます。売る前に味見しますから。
日本の次亜塩素酸ナトリウムの使用量制限は、海外に比べるとかなりゆるい制限です。なので、多くの添加物にそれぞれ安全だと言われる濃度の次亜塩素酸ナトリウムが重なって累積摂取量が増えると危険です。これはしょうゆに問題があるのではなく、ワイン、次亜塩素酸ナトリウムを使用することの多い既成品、スーパーの惣菜ばかりを食べている場合は次亜塩素酸ナトリウムの摂取量は無意識に公害レベルで多くなっているでしょうから、心配な方は既成品の消費を控えてください。
次亜塩素酸ナトリウム(Wikipedia)
衛生管理マニュアルの手引き
参照:http://www.pref.tochigi.lg.jp/e07/life/shokuseikatsu/tochigi-haccp/documents/1201675144837.pdf
亜塩素酸ナトリウムの使用基準の改正に関する添加物部会報告書(案)
参照:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/10/dl/s1007-5d.pdf
操作4 人工培養菌で発酵
人工培養菌というのは、大豆を発行させる菌のことです。断言しますが、大量生産品では、いわゆる品種改良、遺伝子組み換えしている菌を使用しています。これらの発酵に係る菌のほとんどは遺伝子組み換えされているものだと思ってください。大豆そのものの遺伝子組み換えよりもこの人工の培養菌の方が個人的には怖いです。
ただし、基本的に培養菌もきちんと検査されているので衛生的には問題ないです。コンタミでもしてたら会社倒産するくらいのヤバい事態になることもありますが、たいてい専門の培養を行う会社で作られているのでそんなに気にする必要はないです。
例えば、天然酵母ではなく、発酵能力に特化した菌、風味を増やしやすい菌など特定の能力を強化した物を使用しています。こうしたものが嫌いな醤油工房は「蔵付き」の酵母に頼って発酵している上に、大豆を使用して手間ひまかけて製造してますので高い醤油はだからおいしいんです。それでもコンタミする時はコンタミしますけどね。
化学分析的にはどちらも同じ味
下記、参照「醤 油の品質 と原料大 豆 ― 脱脂加工 大豆醤 油 と丸大豆醤油 との 品質特性 の比較 ―」にもあるように、脱脂加工大豆、大豆どちらもクロマトグラフィー測定の結果では香りや味に差はほぼないという結果が出ています。厳密な測定結果ですので、ほとんど差はないと思って良いでしょう。
その点、大豆を成分にしているものは、大豆そのものの香りと発酵由来の香りが強く、味にも深みと複雑味があります。かなり味が濃く感じるので、水で薄めたくなるときもあるくらいに濃厚です。個人的には余計な添加物の味のしない素材由来の醤油が好きです。もちろん、ここで断言しますが、脱脂加工大豆だからって健康に害があるなんてことはありません。
この記事を書いた時は、脱脂加工大豆は味が薬品ぽいだ何だ言っておりましたが、2019年の段階ではむしろこのさっぱりした感じのほうが好きになりました。年齢でしょうか。20代を終えて、30歳になったからでしょうか。好みは変わるものです。それでも、脱脂加工大豆の方が味が薄めです。
塩分濃度に注意
結論として、脱脂加工大豆、大豆共に健康面に害はないですが、塩分濃度、しょうゆの使いすぎには注意が必要です。醤油にはかなりの塩分が含まれていますので、一度に使いすぎると1日の塩分の摂取量5gをすぐに超えてしまう可能性もあります。塩分濃度と、他の食事との組み合わせで塩分が多くなりすぎないようにしましょう。
ちなみに生ハム100g食べたら5gは塩分を摂取してますので、その時点で1日分摂取してます。ポテチを食べたらさらに塩分追加、食事で塩をかけたらさらに塩分追加で内蔵や高血圧まっしぐらです。塩分の量を調整しやすい自炊がおすすめで、添加物満点の既成品に頼らないのが最強の健康法ですよ。
大量生産しないと供給が追いつかない
現代社会において、醤油の消費量は非常に多くなっているため、脱脂加工大豆での製造を選ばないと醤油の供給が追いつかないという現実も十分理解できます。そのため、脱脂加工大豆を使用した醤油に問題があるわけではなく、大量生産が必要になった社会と、より早く、安く、おいしいものを求めた消費者側に大きい責任があります。
便利を享受するためには失うものがあることを消費者が理解しましょう。
私は両方の醤油を使い分ける
私自身はお金を出してでも、時間を待ってでも、大豆を使ってこだわりを持って作ってくれている醤油の方を選びます。大量生産品に欠点があるわけではなく、工業的に作られている醤油より、生産者の思いが込められている醤油の方がやはりおいしくて、他人にも勧めやすくて、堂々としていられます。塩分量はそんなに変わりないので、こだわりある作り手の醤油を強くおすすめします。
なにより、醤油は日本の文化です。こだわり云々より、日本の伝統を守りたいという思いのほうが強いです。時間をかけて醤油を作るのは、その製造期間と販売価格の関係でなかなか利益に繋がりにくいのも事実です。伝統を守りつつ、蔵も守りつつ、私の子どもに本物の醤油はこれだ!って教えてあげられるような状況は残しておきたいです。
その上で、日常使いの脱脂加工大豆を使いつつ、特別なときにはこだわりのお醤油を使う、そんな生活をしています。1年前と意見が変わっているのは、あれから色々な醤油を試し、生産者にも会い、実学で経験を深めたためです。どちらもいいです。
参照リンク
食品衛生法
参照:http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000233&openerCode=1
しょうゆの日本農林規格
参照:http://www.famic.go.jp/event/sakuseiiinnkai/kekka/food/270508/shiryo09.pdf
日本農林規格の見直しについて
参照:http://www.maff.go.jp/j/jas/kaigi/pdf/090316_bukai_e.pdf
醤 油の品質 と原料大 豆 ― 脱脂加工 大豆醤 油 と丸大豆醤油 との 品質特性 の比較 ―
参照:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/92/4/92_4_251/_pdf
賢い醤油の選び方
参照:https://www.soysauce.or.jp/gijutsu/pdf/kashikoi.pdf