モーリタニアってどんな国?

きっとあなたが知らないモーリタニアの観光、文化、地理的な特徴などを調べてまとめましたが、実際に行ってないので本当かどうかは分かりません。でも、おそらくきっかけがなかったら知ることすらなかった国名かもしれないので、この機会にあなたに新世界の情報をお届けします。




モーリタニアはアフリカ北西部

まず国名で初耳だった方、はじめまして。モーリタニアはアフリカの大西洋側、北西部にあります。首都の名前は「ヌアクショット」なにかの必殺技みたいですね。人口は約453万人、面積103万km2、アラビア語(公用語、国語)、プラール語、ソニンケ語、ウォロフ語(いずれも国語)、実務言語としてフランス語が使われているそうです。

 

モーリタニアには日本人は16名ほど、逆に日本にはモーリタニア人は22名ほどしかいないようです。

 

イスラム教が宗教なので、お酒は生産されていないっぽいし、発酵生産額的にもこの土地でお酒づくりは難しいし、お酒はなさそうです。タコとイカを輸出する割には、なんか気味悪いと思われて現地ではあんまり食べないらしく、米系の穀物は食べるけど、タコは食べないらしいです。紅茶よりは中国茶が好きらしく、最近では両方らしいけど、もしかしたら日本の静岡のお茶も受けるかもしれない。フランス植民地時代の影響で、パン、パスタなどをメインの主食として食べるっぽい。野菜はあんまりなくて、米が主食。肉はラクダ、ヤギ、鶏肉あたりで、豚肉はNGというか、そもそもない。

 

私が出店するとしたらスープごはんだな。お野菜とお米とを混ぜたスープ系、さらさらっとお茶漬けっぽく飲めちゃうお料理。すんげぇ受けると思う。あとアイスクリーム。

 

Flickrから現地の写真をお届け

アルバム紹介:https://flic.kr/s/aHsjPg4dwe

撮影:Bernard Lefort

モーリタニアの貴重な現地の写真をFlickrに投稿してくださっている方のアルバムです。非常に素晴らしい、現地の生活感が垣間見れます。この記事を読むよりもこの方のアルバムの写真見たほうが早いです。

 

前野ウルド浩太郎博士とサバクトビバッタ

2011年頃からサバクトビバッタの研究を行っている方がいるそうです。それでなくても貴重な食糧を食べてしまうバッタの食害に対抗するために奮闘しているという感じでしょうか。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000480433.pdf

 

日本は船などで貢献したらしい

1993年のパリ・ダカールラリーでの話。
 日本人のアマチュア・ドライバーが運転する四輪駆動車が、モーリタニアの最西端ヌアジブから首都ヌアクショットに向かう途中、マンガール村という小さな漁村近くで、砂漠に突き出た岩山に激突、大破した。
 ドライバー、ナビゲーターともに複雑骨折などの重傷を負ったが、車はペシャンコで、自力で車外に出ることもできない。発見が遅れれば死んでいただろう。が、運よくそこに、ラクダを引いたひとりの少年が通りかかった。
 惨状を目にした少年は、自分の村まで取って返すと、「お父さんたちが乗っている漁船と同じマークの付いた自動車が岩に突っ込んだ。早く助けてあげて」と叫んで回った。漁船と同じマークとは、日本の国旗のことである。
 「日本の車」と聞いて、村人たちはスワッ一大事。漁に出ている者も呼び戻すと、村人総出で救出に向かった。2人の日本人は、村から軍の駐屯地へ、さらにヘリコプターで病院へと迅速に搬送され、そのお陰で2人とも一命を取り止めることができたのだった。
 ところで、マンガール村の人たちはなぜ、「日本の車」と聞いて救出に躍起になったのか。なぜ漁船に日の丸が貼ってあったのか。その理由を知る日本人は少ない。事故に遭った日本人がその理由を知ったのも、後のことだった。
 この村では、ほとんどの人が漁業で生計を立ててきたが、漁船といっても小さな手漕ぎボートしかなかったために、大西洋の荒波を越えて沖合いに出ることもままならない。漁獲量も知れたものだった。
 それを知った日本は1992年、沿岸漁業振興計画の一環として、無償援助で漁船や船外機をこの村に贈ったのだが、その際、モーリタニアと日本の友好の印として両国の国旗を並べて貼った。事故現場に遭遇した少年は、その「日の丸」を見覚えていたのだった。
 その後も日本は、当初の計画通り、1994年にも漁船45隻、船外機61機を無償供与し、モーリタニアの沿岸漁業の漁獲高は大幅に伸びた。日本の技術指導によってエンジンの整備士も育ち、漁船エンジンの修理も自前でできるようになった、という望外の成果も上がった。
 そんなわけで、マンガール村の人たちの日本に対する感謝の気持ちは並々ならぬものがあったのだが、日本に恩返しをしたくても、その手立てが見当たらない。パリ・ダカの日本人の事故は、彼らが日本に恩返しをする千載一遇のチャンスとなったのである。
 稀有(けう)な運命の巡り合わせが、日本とモーリタニアの友好を、さらに深めることになったのはいうまでもない。

引用元:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/hanashi/story/africa/other1.html

1992年にODAで、漁船、船外機を提供したそうで、それまでは手漕ぎの船だったそうだ。そりゃあ嬉しいだろうけど、燃料とかは大丈夫だったのか心配だ。

 

GoogleMapで見るモーリタニア

全体的に見ると砂漠ですね。

 

パット見「メグセムエルハレス」っていう所が特徴的な地形だなぁと思いました。

 

リシャット構造(巨大な環状構造?にできた窪地?)という特徴的な地形。直径50km、アフリカの目、サハラの目ともいわれるもの。カンブリア紀のものらしく、風化、侵食でこうなったらしい。人工衛星や空から見ないと全容を掴めないくらいのものらしいです。観光で訪れて横から見てもよぐわがんね、ってことです。

 

あとウワダンっていう街を俯瞰すると「ここ川あったんじゃね?」と思える地形があったのも興味深い。

 

ウワダン(Ouadane)

遠目に見たら何もなさそうだけど、アップにしたら結構植物が生えててびっくりしました。緑がある。そして、人の家らしき面影がある。ちゃんと囲われてて、一戸建てっぽい感じでおもしろい。

 

植物が密集している所とそうじゃないところがある。育てているのかな。植林かな。明らかに植え方が整然としているので、人の手で育てられているはず。ヒジュラ6世紀(西暦12世紀頃)はサハラ砂漠を超える隊商の拠点になってたそうだ。

 

※ヒジュラ暦:イスラムの暦。西暦とチョット違う。いや、だいぶ違う。西暦から600年くらい引いたらだいたい合う。

 

シンゲッティ(Chinguetti)

モーリタニアの遺跡がある場所として「シンゲッティ」もおすすめらしい。ウワダンよりも海側、といってもまだまだ砂漠だが、ウワダンよりは栄えている感じがする。

 

街が密集しているのと、なぜか街が2つに分かれている。ホテル、売店、ミニモール、植物園なんかもある。

 

家のような感じなのに敷地内に植物が生えてる所はきっと豪邸か、役所。全体的に家の敷地内に植物がある家はない。

 

シンゲッティから少し離れた所にも人の住む場所がある。緑ある所に人が住んでいる。と考えて良さそうだ。

 

ティシット(Tichitt)

砂漠の真珠と呼ばれているらしいんだけど、よく分からなかった。けど、おもしろいものは見つけた。こんな山の麓、砂漠にも人が住んでいて、密集度合いが結構すごい。

 

 

上の地図の左に移動した所、町外れにはなんか、すんごい手作り感ある「植物を囲ってる何か」があってかわいい。顕微鏡で細胞を見てるみたい。

 

で、見つけたのがこれ。大規模に植林しようとしてますね。遺跡とかではないみたいで、植物のために区画整備されてちょっと植えられていってる感じ。ここにオアシスを作ろうとしているのだろう。結構な規模の。すごい。

 

ウワラタ(Oualata)

モーリタニアの東部にあるワラタ(ウワラタとも)は、この辺一帯にある山の端っこにある所。色々個性的な形の建物があった。

 

この縦長のつぶつぶみたいなのはおそらく家畜だと思う。ラクダとか?ロバとかかな。動物までは判別できなかったけど、沼地っぽい所にいるのでたぶん動物…?

 

ワラタの東部にほぼ正三角形をした形の建物を急に発見。これは一体何なんだ。ありえないくらい正三角形の建物で集合住宅なのか、モスク的なもんなのか、遺跡なのか。

 

俯瞰してみるとこんな感じなんだけど、正三角形の建物がめちゃくちゃ目立つ。それに結構でっかいかもしれない。

 

もひとつ気になったのがこの地形と植物。明らかに川だろ。この川っぽいのに沿って木が植えられているのもはっきり分かる。もしかしたら川なのかもしれないけど、上から見た感じでは分からないね。しっかり川を木が囲んでいる。おもしろい。

 

ここまで見てきた4つの街は砂漠と山の境界線に並ぶように存在してて、これもまた、水がある所に人が住んだ、形跡、名残なんだろうなって思った。

 

ヌアクショットはどんな街?

この写真で、グレーになっている所はだいたい人が住んでいる所でざっと8km四方。特徴的な形が右と上にあったのでアップ。

 

まずはこれ、太陽光発電パネル、メガソーラーとかいうやつ?縦が1km、横幅は200mくらいあるめちゃくちゃヤバい規模の太陽光発電ですな。

 

上にあったのは大学でした。市街地ではなく、郊外に作られていて、寮でしょうか、建築途中の様子が見られたので、大学を作っている所、真っ最中なんだと思います。Simcityとかみたいでおもしろいですな。

 

これはPresidential Palace、米国で言うホワイトハウス的な位置づけ。ここだけお高く止まっちゃって、砂漠の中に緑も増やして整地もされていてって感じ。

 

この大統領府の横にあるのが墓地。人の形した長方形がいっぱいあって不安になるけれど、土葬…何でしょうか。こころなしか緑も多い気がする。これもまた文化ですね。お墓、弔いの方法は国によって異なるので。

 

空港は結構たくさん

モーリタニアには大小約19個の空港があるっぽいです。

  1. アクジュージト空港
  2. アタール空港
  3. ビル・モグレイン空港
  4. アベイ空港
  5. ブチリミト空港
  6. フデリック空港
  7. カエディ空港
  8. キファ空港
  9. レトフォタル空港
  10. ネマ空港
  11. ヌアディブ国際空港
  12. ヌアクショット・オムタウンシー国際空港
  13. セリバビ空港
  14. タムチャケット空港
  15. ティシット空港
  16. ティジクジャ空港
  17. ダハラ空港
  18. ティンベドラ空港
  19. タザディット空港

たぶん、アタール空港とヌアクショット・オムタウンシー国際空港、ヌアディブ国際空港がメインなんじゃないかなって思います。これはMFS(フライトシミュレーター)で行ってみるとおもしろそうですね。

 

ちなみにトリップアドバイザーのモーリタニアの情報は当てになりませんでした。

 

産業と輸出入

農牧業が盛んなようで、ソルガム(イネ科の一年草:モロコシとも(Wikipedia))、粟、米、牛、羊などを生産。

 

輸出品目はタコ、イカなどの魚介類、貴金属、鉄鉱石、主な輸出先は中国、スイス、スペイン。

 

輸入品目は、石油製品、機械類、船舶類で、主な輸入元はアラブ首長国連邦、スペイン、中国。

 

近年話題になっている中国マネーの投下先の一つなのか、中国が取引先に入っていますが、スペインとの関係が根強い感じはします。首都ヌアクショットの沖合いに石油と天然ガスがあることが分かったらしく、燃料を自前で用意できるようになったら石油製品の輸入は減るかもしれないですね。

 

対日輸出 たこ等水産物、鉄鋼石等

対日輸入 タイヤ・自動車、漁船用モーター

出典:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mauritania/data.html

日本の会社はモーリタニアに1社のみ進出していて、まだほとんど日本の一般市民とは接点がない国のように思えますが、たことかの水産物でお世話にはなっているかもしれませんね。あとは車系。

 

援助国と金額

以下、モーリタニアを援助している国と援助額(百万ドル単位)の箇条書きです。出典:外務省

  • フランス(27.00)
  • ドイツ(18.65)
  • 日本(12.73)
  • 米国(10.42)
  • スペイン(5.79)

1960年代にフランスから独立、1989年に日本に在京大使館開設、2009年には日本がモーリタニアを政府承認。

 

出典・参考

モーリタニア基礎データ|外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mauritania/data.html

モーリタニア・イスラム共和国|外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mauritania/index.html

モーリタニア・イスラム共和国に対する無償資金協力(食糧援助)に関する書簡の交換

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008700.html

モーリタニアに対する感染症対策及び保健・医療体制整備のための支援(無償資金協力)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008593.html

 

モーリタニア・イスラム共和国大使館

〒153-0053 東京都目黒区五本木1-16-17

特命全権大使:エル・ハセン・エレイエット 閣下

His Excellency Mr. El Hacen ELEYATT

https://www.mofa.go.jp/mofaj/link/emblist/africa.html#41

 

スポンサーリンク